6 Years After the Quake

 

この前同じ職場の日本人の人とご飯を食べに行く機会があった

その人はもうNZに住んでから20年近くになるのかな?

やっとプライベートで会えて、そして色んなお話を聞けて本当に良かった

 

まあ20年前なんて今と状況が全く違った

今でこそアジア人が多く住んでいるけど、

その頃はもうアジア人がいるだけで周りがざわつくとかそのレベル

 

いうなれば僕にとってその人はパイオニアって感じ

 

あ、そうそうそれとそのレストランでめちゃくちゃ美味しいビールを飲んだ

 

一年以上こっちに居るのに今さらながら存在を知るとか。。

あれ、名前なんだったっけ。。。

 

日本に帰ってからも色々と連絡とれる関係でいたいな〜

 


 

 

2月22日

 

クライストチャーチ地震からちょうど今日で6年

 

 

街は未だに復興の途中で、あと何年かかるか分からない

 

6年目の式典に参加してきた

 

ちょうど1年前にも式典があってクライストチャーチにいたんだけど、その時はニュースで見てただけだったけど、

 

今回運良く休みだったので、せっかくだし行ってみた

 

 

前日に市内の近くでミュージックコンサートをやっていたのも相まって、昨日今日でクライストチャーチは空前の混み具合

 

こんなに人で溢れかえっているクライストチャーチは1年いて初めてかも

 

 

今日のI-Siteは間違いなく混んでいたに違いない

もし自分が今日仕事だったら死んでたなとか思いながら。。😉

 

式典は昼の12時からスタート

 

場所は市内のど真ん中

エイボン川のほとり

 

参加者全員に、小さな冊子が配られた

中には首相や市長、いろんなお偉い方の弔辞と、

 

あとは185人の犠牲者全員の名前が載っている

 

前のブログでも書いたけど、

この地震が特別日本人にとって有名なのは、

 

この185人の犠牲者のうち28人、約6分の1が日本人だったから。

 

 

市内にあるCTBビルディングっていうのが全壊して、そこでほとんどの犠牲者を出した

 

 

この時語学学校に来ていた日本人を含めて、その他多くのアジア人も亡くなった

 

 

6年経った今でも犠牲者はCTBビルディングがどうして壊れたのか、

その原因は未だはっきりとは解明されていない

検察による建物の調査は終わっていて、その建物の管理者を起訴するかしないか、今年発表されるらしい(ニュースより)

 

 


 

 

12時から始まったセレモニーは、

 

首相の挨拶、クライストチャーチ市長の挨拶、その他の関係者の挨拶等色々とあった後、

 

犠牲者一人一人の名前が読み上げられた。

 

最後に、

 

12時51分からの1分間の黙祷

 

 

 

日本人の犠牲者の遺族も毎年参加していて、その団体の方もいた

 

 

 

犠牲者の遺族の悲しみは僕には想像もつかない

6年前の今日からずっと時が止まってしまっているんだと思う

 

自分はまだ誰かの親とかでもないから、

子供を亡くした親の気持ちも正直わからない

 

 

 

市民によって、犠牲者を弔う、185 Empty Chairs

 

そこに書いてある犠牲者の一覧の名前を見た

 

今回で何回めだろう

 

何回見ても慣れないな

 

亡くなった日本人の年齢は僕と同じくらい

 

ほとんど10代とか20代前半

 

それも9割が女の子

 

この語学留学のために頑張って日本で働いてお金を貯めた人もいただろう

親の反対を振り切って念願のワーホリを楽しもうとしていた人もいるかもな

嫌々ながら親に無理やり行かされたっていう人もいるかもしれない

 

いやそりゃお年寄りの人が病気とか老衰で亡くなるのは分かる

 

けどこういう自然災害でいきなり命を奪われるのは理不尽の一言

 

 

僕と同じような若者が、

将来を担うはずだった20前後の人たちが、

2011年の地震によって一瞬で死んでしまったということ。

 

 

人生ってなんだろうとか、

そんなことを考えずにはいられない

 

 

自分だってNZに留学しに来てるわけだし、

万が一自分がいる間に起こっていなかったとも限らない

 

 

全然他人事ではないだけに、本当に悲しい

 

 

 

今日のセレモニーに行きたかった理由の一つに、

「日常にもう一度感謝する」ため

というのがあった

 

 

なんていうんだろう、

自分では一生懸命生きているつもりなんだけど

なんとなく生きている日常

 

朝起きて、ご飯食べて、大学に行って、

もしくは仕事をして、

家に帰ってベットに入って寝て

 

 

そういうサイクルで特に意識することもない日常

 

そんな中で、

「俺って生きてるな〜!」って意識することもない

 

 

生を感じるためには死を意識することしかない

 

今回、このセレモニーに参加して、

 

生きてるだけでまるもうけ、じゃないけど

生きてること自体がもう素晴らしくて、

 

それだけじゃなくて

衣食住も満足だし、

海外に出てやりたいことやれてて

なんならこれからの将来がちょっと楽しみだし

 

そんなことはすべてボーナスだな〜とか

もう幸せすぎて爆発しそう

 

 

 

勉強がうまくいかなかったり、

失恋したり、

深く悲しんだり

 

そういうことさえもすべては「生きてる」からこそ体験できること

 

 

よく「笑いの沸点が低い」とか言って、

すぐに笑ってしまう、みたいなことを指すけども

 

 

「幸せを感じる沸点」が低くありたいと思う

 

 

生きてるってことが幸せで、その他の楽しいことはすべてボーナス

 

たまに悲しみっていう借金もあるけどな😑

 

 

それは日常に感謝して毎日を生きること

生きてるだけで幸せだってこと

そんなことを感じたくて参加したのかもしれない

 

1年間365日そんなこと意識なんてしてられないけど、

1年に1回、そういうのを考える機会があっても良いんじゃないかな

 

 

 

 

クライストチャーチ市内は本当に復興の途中

街は工事だらけ

車は謎の渋滞

もはや歩いて行った方が早いんじゃないかっていうくらい

 

何も知らない旅行者は、

「フラットな街だな」

「何もない街でつまらない」

 

そう印象を持ってもおかしくはない

 

6年前地震があったんだなんて言っても

ヨーロッパの人とかはそもそも地震というものを知らない

 

日本人だったらそんなこと絶対に思わないだろうけど

 

 

今から10年後とかも、今とは全く違っているだろう

そこらへんに建物が建ってて、再び活気付いてたらいいな

 

同じ街に1年以上も住んでるから自然と愛着が湧いてきた

 

 

日本とは違って、この国の復興はまだまだかかるかもだけど

 

最終的に

 

 

 

広告

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中